またたび感想録

観たもの聴いたもの読んだものの感想を述べます。

大江健三郎『死者の奢り』

大江健三郎は初めて読んだ。初期の作品らしい。

数知れぬ死体が浮き沈みする医学部地下の遺体保管プールでのとある日のできごとを描いた短編。

周辺に終始翻弄されながらも物思いにふける男子学生が主人公。

 

開幕シチュエーションはインパクトがすごいんだけど、同じく仕事に来た女学生が妊娠していて産むか堕すか悩んでいたり、教授が平然と職業差別してきたり、管理人が卑屈になってキレたり、最後には1日の仕事が全て無駄になったことを告げる偉そうな助教授が出てきたりして、超絶生々しかった…。

これを学生の時に書いたというのだから、呆然とする。二十歳そこそこの男性が書けるものなのか、産むべきか産まざるべきかどちらにしても重すぎる判断に苦悩する女性というものを。それを描きながら、その話を聞く男子学生の薄く迷惑そうな反応、自分の思考に没頭していく様も並行して描かれていく。リアル、なような気がする。なんでどっちも書けるのか。いや、どっちも理解しているわけじゃなくて、女子学生のセリフはただ実際に耳にしたことがあるものを描いているのか。それでも、そもそも引っ掛からなければ小説に出てくることもないわけで。恐るべし、ノーベル賞作家の思考回路。

序盤は死体たちとそれを眺めたり動かしたりする男子学生の視点のみで進んでいくので、幻想的な色が強い。ものになった死体たちが、生きている自分になにかれと問いかけてくる。

後半は一気に登場人物が増えて狂騒しながら、疲れ切った男子学生のうんざりした思考で終幕する。

個人的には死体のプールという異様な空間を事細かにあくまでリアルに描写していく部分がお気に入りだけれど、それぞれの登場人物が自らの仕事と思惑で動き回る(怒鳴りあり泣きありの)群像劇でもある。短編なのに、濃い。

 

異様なシチュエーションの上で展開する、妙にリアルな人間ドラマ。消化不良を起こしそうなごった煮で、底知れない。ああ、心地よく不気味だ。