またたび感想録

観たもの聴いたもの読んだものの感想を述べます。

『君たちはどう生きるか』(映画)

宮崎駿の遺言状みたいな作品だなと。

これが本当に最後なのかもなあと思わせるような、何かバトンを渡されたような気持ちになる作品だった。「次は君たちだ」とでもいうような。

 

以下、とりとめのない所感。

 

バトンでもないのか。

老爺が長い時間と人生のすべてをかけて築いた世界は崩落して、主人公たちは元いた世界に帰っていく。

かなり歪で崩れそうだった世界は、保ち続けてついには譲り渡せず、崩落した。

宮崎駿という監督が築き上げてきた世界は、そんな脆いものではないと思うけれど、その崩れゆく世界を彼が一生を捧げて創作してきた世界と重ねて見てしまう。

だから、彼の紡ぐ世界はこれでお終いで、あとをこれからを生きていく観客のすべてに託したかのような、これは映画1本丸々かけて描かれた、そんな遺言状のような気がする。

 

君たちはどう生きるか」は死者や去りゆく者からの、励ましであり問いかけだった。

戦時中というまわりの人が容易に死んでゆく、彼の記憶の中でもっとも死が色濃い時点を物語の起点に選んだのだろうか。

戦時中を生きた記憶を持つ世代が、目の前で命が失われる現実に直面した世代が、この世を去っていってしまう。戦争を知らない子どもたちだけが残される。

わらわらをペリカンが食べて、ペリカンを火の母が灼く。生き残ったわらわらは地上で赤ん坊として生まれる。どでかいインコが人間を食糧にする。誰に罪があるわけでもない命の奪い合いが日常的に起きる世界が描かれているのは、実際の世界で見えにくくされているものをはっきりと見せるためだろうか。

残酷なことは繰り返されて、なくならない。

命は仕方がなく奪われ続ける。人間社会においても、この奇妙な地下世界とまったく同じに。

 

謎の地下世界で、かつて行方不明になった大叔父と、1年前に亡くした母と出会いながら、母の妹で新しい母になる夏子さんを連れ帰る物語。

生きている者同士の互いに見せない苦悩も垣間見える。

夏子は真人を気遣いながら、地下世界に突然さまよいこんで帰りたくないと訴えた。亡くなったよき姉の夫と再婚して、心中複雑そうな姉の子を引き取ることへの苦悩だったか。

 

老境の天才が全てを賭して作った1本はなおもエネルギーに満ちていて、その世界観で観衆を魅了する。